唯一無二の愛の形を、信じ切れるか
こんにちは。上田です。
今日はAKIRAさんが担当です。
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「愛の形は、人によって違う」
なんだか当たり前のことみたいですが
違いの科学(Science of Differentiation)
ヒューマンデザインの視点から語るとき
それは、同性愛と異性愛とか
贈り物とスキンシップとか
そういう話に留まりません。
他者を支配する暴力性という愛
愛が何かわからず、さまよい続けるという愛
「あなたは何の役にも立たない」と言われる愛
そして、決して自分を生きられないという愛
もしあなたが、そんな愛を持って生まれていたら
あなたは愛を信じ切れるでしょうか。
こんにちは、AKIRAです。
振り返ると、僕の人生はずっと
愛しているはずの大切な誰かを傷つけてしまう
そんな場面の連続でした。
20歳で結婚したときもそうです。
自分にとっては嘘のない選択でしたが、
結果として家族との関係は断絶し、
妻の子どもたちにも大きな傷を残しました。
僕が家を出た1年後に、
父が下垂体腫瘍で生死の境をさまよったとき
妻の娘(当時11歳)が「あの人と別れないなら私死ぬ」
とベランダに出て行ったとき
僕は愛を信じられなくなりそうでした。
「愛しているつもりで、壊しているんじゃないか」
「自分の愛は、どこか欠けているんじゃないか」
そんな疑いが、ずっと胸の奥にありました。
ヒューマンデザインを通して見えてきたのは、
その問いに答えを出すことではなく、
問いの前提そのものを疑うことでした。
愛は、優しい形をしているとは限らない。
自分を生きることが、誰かを不安にさせ、傷つける場合もある。
それでもなお、その生き方が
最大限に自分であろうとするプロセスなら
あるいはそうでなくとも
それを愛と呼んでいいのかもしれない。
頭ではわかってきても、
怖さが消えるわけではありません。
自分を生きるほど、孤独になる。
正直になるほど、誰かを傷つけ失うかもしれない。
それでも、自分の愛を信じ続けられるのか。
僕は、この問いを
実験として確かめにいくことにしました。
今年3月から9ヶ月かけて、世界を一周します。
ペルーで、幻覚の中に宇宙を見る人たち。
エチオピアで、鞭の痛みを誇りとして受け取る女性たち。
アフガニスタンで、信仰のために人生を捧げる兵士たち。
モンゴルで、トナカイと精霊と暮らす人たち。
まったく違う人生を生きる人たちの中に入り、
世界を、その人の視点から体験する。
どれだけ暴力に満ちていても、
どれだけ矛盾した正しさがあっても、
どれだけ過酷な現実があろうとも、
それでも世界は美しいのか。
そして僕は
そんな世界に生まれてきた
自分の愛を、信じ切れるのか。
この旅の詳細は、2月末まで実施している
クラウドファンディングのページにまとめました。
もしこの問いに、少しでも共鳴するものがあれば、
応援してもらえたら嬉しいです。
https://www.lifestory-artist.com/akira
ヒューマンデザインを通して思い出した
「人は、ここまで違っている」という視点
違うからこそ、愛を体験できるということを
今度は人生そのもので確かめにいきます。
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本日担当したAKIRAさんはこちらから
https://humanjp.com/hdj-analyst/hd022815/
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最後までお読みいただきありがとうございます。
本日も素敵な一日をお過ごしください。