ヒューマンデザインを深く学んでいる方々の声 vol.2 「流れが非常にスムーズになっていくのを実感」

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ヒューマンデザインを深く学んでいる方々の声 vol.2

流れが非常にスムーズになっていくのを実感

ヒューマンデザインは自らを【差別化の科学】であると定義しています。
私たち一人一人に独自のデザインがあり、この世界において特別な目的があると。
そのことを学べば学ぶほどより実感しています。
私たちは一人一人がユニークで特別な存在です。
古来より伝えられてきたその事実、哲学や心理学においてロジカルに、芸術家たちによって詩的に、宗教や神秘学においては時に秘伝として、現代においてはポップカルチャーやミュージックシーン(世界に一つだけの花のような歌なんて有名ですね)などで叙情的に。今となっては当たり前に語られすぎるが故に、実はよく解らないままになってしまったその真実を、ヒューマンデザインは非常に明瞭に、そして論理的に示してくれます。それは私にとって、とても痛快に思えます。

ヒューマンデザインに強く惹かれたのは、一見占星術や易学のように生まれた日や場所からすべてが示されるというシンプルな入りやすさや、レイヴマンダラに代表される神秘的な美しさの、その奥に広がる知識体系が非常に深く、広大なものだということでした。
また最新の物理学的見地からだけではなく、私がいままで学んできた、心理学や、医学、あるいは遙かな過去より伝えられてきた神秘学、神智学的知識とも非常に合致するものだったからです。
たとえば私たち人間を構成する魂と肉体の関係性を、ヒューマンデザインでは2つのバラバラに存在しているものを磁気単極子がまとめているとの概念をもって、非常に個性的な形でわかりやすく解説してくれてます。

ですが、なによりもヒューマンデザインの学びを深めようと思ったところは、とにかく実践的であるということです。
それを信じようが信じまいが、実際にそれを使うと、人生の流れが軽やかになり、より自分自身のパターンを理解し、実際に役立ていけるということです。
あるいは過去の自分の振るまいを分析してみたり、他の人をリーディングして、その人となりを俯瞰してみると、驚くほど『当てはまっている』のが解ります。
これは、とりもなおさず一貫した普遍的かつ実践的な理論が、そこにあるという証左ではないかと思います。
おもしろい例として、私が多くの方をリーディングした中での体験ですが、特にご年配の方での場合、よい人生を送ってきた、あるいは、今になって自分がどうすればよいが解るようになってきたとおっしゃる人ほど、その方のデザインに非常に即した生き方や決断の仕方を、自然に体得していらっしゃることがほとんどでした。これはご本人がヒューマンデザインのみならず、心理学的、スピリチュアル的な知見を得ている得ていないにかかわらずです。これは非常に興味深い事実です。

さて、これを読まれている皆さんは、もうご自身のチャートをご覧になったでしょうか?
初めて自分のデザインを知ったときは、救われると同時に、一見ネガティヴに思ったり、自分らしくないように見えることもあるかもしれません。 事実、私も最初に自分のチャートを見たときには、自分のストラテジー(自分らしく生きるための方法)に非常に共鳴したにもかかわらず、どうして私は違うタイプでなかったのだろうと少し残念な気持ちになりました。
具体的にお話すると、私は他からの招待を受けて初めて活動できる受動的なタイプなのですが、私自身は長男として生まれ、役割と責任を果たし、積極的に自分だけの人生を切り開いていくことがよいのだという、後天的な価値観を持っていました。
そのため唯一の行動型でありその生き方を体現する他のタイプがとても羨ましく思えたのです。
でもそれは大いなる誤解でした。本来の自分と違うものにならなければならないと思い込んでいたのです。
ヒューマンデザインではそれを【Not-Self】、『それは自分自身ではないよ』と明瞭に定義して教えてくれます。

多くの場合、私たちは生まれてから、家族、学校、社会という枠組みのなかで様々な役割や社会的制約を受けながら成長していきます。もちろんそれは私たちの成長や生活を支援してくれることではあるのですが、同時に私たちは、自分以外の人々の期待に応え、本来の自分以外のものにならなければいけないというプレッシャーにさらされることにもなります。自分自身ではなく、自分が所属し、互助的に支援してくれる人や組織の期待に応える生き方。
そうして私たちは成長するにつれてますます自分以外のものに成り果てていきます。
もし私たちが、生来のユニークさを失わずに生きてこられたのなら、それは宝くじにあたるくらい恵まれた環境にいたか、あるいは偉人や天才と呼ばれる人々の生き方かもしれません。
でも幸いなことにヒューマンデザインを学ぶことは、その呪縛から私たちを解き放って、私たちの本来のあり方、どのように生きれば自然とリラックスして人生を楽しめるのかを指し示しててくれるのです。
そうして自然に自分を生きると、その人のユニークな才能が輝いていきます。ある意味、私たち全員が何らかの天才になれるといえるかもしれません。

私の例でいえば過去、招待や機会を与えられることなく積極的に自己を主張するような生き方、自分のタイプとまったく真逆の、いわゆる一般的な自己啓発で語られるような行動をすればするほど、本当に反発や抵抗を生み、軽んじられ。物事はまったくうまくいきませんでした。
なにより私自身が辛い体験を我慢していたのに、人生とはそのようなものだと思い込んでいて、燃え尽きるまで無理を続けざるを得ないという状況が続いていました…… ああ、あまり思い出したくない記憶ですね(笑)
その後、様々ことを学んできてそういった体験は減少していったのですが、それでもなお、黙っていては自分がここにいると認められないのではないかという恐れへの葛藤は残っていました。

そんなときにヒューマンデザインを知り、自分のタイプを学んで、過去何が起こっていて、どうすれば物事がうまくいくのかを知りました。
それを実際に生かしたとき、つまり自分から承認されようとするのではなく、ただ自分の好きなことを学び、来るべき機会を待つというストラテジーを生きることによって、様々なことが実に抵抗なく展開し、何より自分自身が本当に楽にいることができたのです。これは本当に驚くべき体験でした。
身近な例を一つあげると、収入を上げたいと思っていた時に、仕事の依頼を受けたのですが、その仕事の報酬や条件があまり気乗りのしないものでした。なので迷ったのですがストラテジーと権威にしたがって、その招待をお断りしました。
ところが再度その依頼がやってきて、そのときには報酬は上がり、きちんと敬意を払っていただく形での条件に変わったので、私は満足して十分に責任を果たすべく、その仕事に取りかかることができました。
そして来なかった招待や、終わってしまった事に対する未練や執着もなくなっていきました。それは私にとってふさわしいことではなかったし、それでもきちんと人生は続いていくのだと理解したからです。
さらにあんまりガツガツ働いてはいけないいうか、あろうことか隠棲したほうが良いというデザインだったと分かったので、思い切って休みを増すとか、仕事や行動の仕方を変えると、さらに自由に楽になっていきました。
さすがに隠棲するところまではまだ悟っていませんが(笑)

このようにヒューマンデザインを、人生を味わい行動する上での指針の一つとして使っていくと、流れが非常にスムーズになっていくのを実感します。
そして最近では、私自身が望んでいたリーディングなどを通して、他の方が自分自身ををより理解する機会を提供し、支援するという流れもまた加速していってます。
おかげさまでセッションなどを通して、多くの方からフィードバックをいただくのですが、すごく良く自分自身のことが解った、腑に落ちたという言葉をいただいて、本当にこれは役に立つものだと実感しています。

また自分自身についての理解を深めるだけでなく、周りの人と交流する上でも、とても役立ちます。
私から見れば、違うタイプの友人は、本当に羨ましくなるくらいエネルギッシュで活動的なので、時にそのエネルギーに乗って行動すると、自分にとってエキサイティングで素敵な経験を楽しめます。あるいは彼が行き過ぎた行動とったときに、適切に伝えてあげることもできるかもしれません。
あるいは同じタイプ同士の付き合いは、本当に穏やかでほっとしますが、いささか盛り上がりには欠けるでしょう。同じ部屋の中のほとんどが私と同じタイプだったりすると、その室内の静かなこと! あるコースでそのような状態になったのですが、休み時間でさえまったく会話なく進行していくのは、他のタイプから見るとびっくりするかもしれません。ですが私達にとっては無理のない自然な状態です。
あるいは、違うタイプである妻と、どのようにコミュニケーションを図れば(もちろんプロファイルや他の要素もしっかりと理解して)、家庭の平和を守っていくかにも役立ちましたので、悩める男性諸氏にもおすすめです(笑)
お子様のいらっしゃる家庭をリーディングすることもあるのですが、その子供に何が起こっているのかを理解し、今後育てていくうえで、非常に役立つ指針を得ることができたという感想もいただきます。
このように自分や周りの人が、なぜそのような思考、行動をとるのかを理解し、受け入れることに対して、深い洞察や共感を得て、さらによりよい関係性を築くことができるようになるでしょう。

人によっては、このようなタイプ別の分類法に疑問をもつかもしれません。
その場合、考えるのは、人は簡単にタイプなどに分類できるほどシンプルなものなのだろうかということではないでしょうか?
私の最初の疑問もそこでした。
この答えは、学んでみた私の経験からでありますが、「そうであり、そうではない」というものです。
たとえばヒューマンデザインでは、私たちをまず4つのタイプに分類します。その意味では非常にシンプルに見えます。そしてそれは多くの人を見てきても、まったく当てはまっていました。
大まか意味では確かにパターン化された傾向はあるでしょう。
ですが、これはその先のコースを学ぶと解るのですが、その先にはさらに詳細にフラクタクルに広がる世界があります。基本的な分類がチャートの項目に示されていると思いますが、その脇にそっと添えられているように見える小さな数字一つの中に、ものすごく膨大な情報が隠れているのです。
そしてその要素が複雑に絡み合うと、それは圧倒的な違いを生み出していくのです。
さらにはその人の個性のみならず、その人生に流れる背景の力動まで語られるのには、まったく驚きました。
仮に一見全く同じタイプの人同士が、同じ時間、体験をしたとしても、それを味わうのは、私たちそれぞれの違う個性です。それ故に、そこにある論理は一貫していながら、私たち人間は、それぞれが実に多様な違いを表現します。
ヒューマンデザインは、ただの分析ツールなのではなく、しっかりとした論理で雄弁に、私たち人間一人一人のユニークさを語りかけてくる、まさに【差別化の科学】と語るにふさわしい、叡智の一つなのだと思います。

このように、なんとも奥深く、そして豊かな世界観を与えてくれるヒューマンデザインを知ることができたのは幸いでした。
そして一人でも多くの方がヒューマンデザインを学んで、より自分らしい人生を生きることができるようになるなら、本当に喜ばしいことだと思います。
私自身も、微力ながらその一助となれればと思い、日々学びを深めています。

心理カウンセラー・ヒプノセラピスト 桜庭こういちろう